令和8年2月19日(木)昼神温泉 伊那華を会場に飯伊地区8校の高等学校同窓会役員29名が参加して行われ、本校からは正副会長3名が出席しました。
この協議会は各校同窓会の情報交換のできる唯一の場となっており、親睦を深めることも目的の一つとなっています。
当番校を毎年順番に担当しており昨年度は本校が、本年度は阿智高校が当番校でした。当番校学校長の挨拶では「このように横のつながりがある地域は初めてです」とのことで、この連絡協議会は貴重な意見交換と親睦の場になっているのだなと感じました。
協議会では、まず「東山道と源氏物語(箒木)」と題してビジターセンター ははき木館 北林夏布(きたばやしかほ)氏(飯田風越高校 登山部OG)による講演会が行われました。
東山道と源氏物語(箒木)
東山道は奈良・平安時代に整備された、勢多(滋賀県大津)から多賀城(宮城県)を結ぶ日本の重要な官道のひとつで、中央集権的支配を確立するため、太宰府へ繋がる山陰道に次いで東海道と共に重要な道でした。
東海道は河口付近の広い川幅を渡らなければならないため、大雨時などには足止めされ、目的地に到着するまでの目処が立ちづらい点があったのに対して、東山道は「神坂峠」さえ越えられればあとは計算できる行程であったため重要視されました。
後に整備された中山道は木曽谷を通りますが、当時は木曽川が間近に流れる狭く人口の少ない木曽谷に道を通すことは困難でした。その点、伊那谷ルートの東山道は天竜川の影響を受けない上段に道を通せたので便利でした。
東山道最大の難所「神坂峠」は岐阜県側の坂本駅、長野県側の阿知駅から標高差約1,000m、どちらの駅からも18km以上の距離があり、生きるか死ぬかのやっとの思いで峠を越えた旅人がひと息つける場が「園原」でした。
園原にある箒木(ヒノキの名木)は遠くからはよく見えるけれど近づくとどこにあるのか分からなくなるという「不思議な木」とされ、「人の心のうつろいや迷い、不確かなもの」の例えとして和歌に使われ、源氏物語 第二帖「箒木」には、光源氏の若き日における空蝉との出会いと別れが語られる巻があります。
明治以前に詠まれた園原に関する和歌91首のうち32首に「箒木」が含まれ、園原に関わる歌枕としては最も多く「箒木」は大変人気のある歌枕でした。
現在の「箒木」は残念ながら朽ちて残った根元に、わずかなひこばえが生えているそうです。
歴史ロマン溢れる「東山道・園原と箒木」の講演を聞かせていただき、古に思いを馳せることができたと共に、以前古代東山道を通って富士見台高原へ登った日に「昔とは様子が違うのだろうけれども、こんな道をよく通っていたものだなぁ」と驚いたことを思い出しました。
各校同窓会活動報告及び質疑と懇親会
各校の同窓会の活動報告では、会費の徴収、会員減少、役員の担い手がないこと、現役生徒との関わり、同窓会のあり方など共通の課題を抱えていることがわかりました。
それぞれの学校で苦慮しながら、母校のために力を尽くしている役員の皆様の声を聞き、参考にできることの多い、意義のある会議となりました。
その後の懇親会では1年ぶりの再会に “同窓会の同窓会” といった雰囲気の中、新しい役員の皆様ともしっかり交流ができ、楽しい時間を過ごすことができました。当番校の阿智高校同窓会役員の皆さま、ご参加の皆さま、ありがとうございました。
(HP担当/岡本恒和)


