創立120周年記念式典を終えて

実行委員会 式典部
同窓会副会長 仲村 晴子

 長野県飯田風越高等学校創立120周年記念式典が令和3年10月16日(土)に挙行されました。ご来賓の皆様をはじめPTA役員・同窓生・生徒職員九百余名の出席を得て、厳粛にそして心に残る意義深い式典となりました。新型コロナウイルス感染症という未曽有の災禍の中、飯田文化会館を式典会場とし、在校生は学校の各教室で動画配信を視聴するという分散リモート形式で開催されました。

 平成31年4月に学校・PTA・同窓会の三者で百二十周年記念事業についての検討を始めてから2年半。令和2年2月頃より新型コロナウイルス感染症が全国に感染拡大し始め、当初計画していた会議は何度も中止になり、予定通り実施できるのか不安を抱きつつ、令和3年10月に向けて準備を進めてきました。記念イベントとして考えていた演奏会を講演会に切り替え、式典・講演会・生徒発表・祝賀会を行うこととしましたが、祝賀会は7月に中止が決定されました。コロナ感染症に対する万全の対策を立てて記念式典は行うことを実行委員会で確認しました。

 9月末全国的に感染者数が減少し、計画通り式典を開催することができました。言語学者の金田一秀穂氏の講演をお聞きし、コーラス部と吹奏楽部の発表で生き生きと演奏する生徒の姿を見ることもできました。
 また、学校のホームページがリニューアルされました。今回同窓会より記念品として贈呈したものです。ご覧いただいている同窓会のホームページも新しくなりました。皆様、是非有効にご活用ください。

 この記念事業に携わらせていただき、地域の皆様や同窓生のご協力、ご支援の温かさを感じております。120年という歴史を振り返った時、時代と共に変遷しながら、地域の中で愛される存在となっている風越高校に誇りを持ちました。開校以来続く「質実勤勉」「自由闊達」な校風が今後も引き継がれ、多くの同窓生と共に母校を見守り続けていきたいと思います。

記念式典実行委員長式辞/知久紀子実行委員長

 

式  辞

 かざこし山の紅まんさくが赤く色づき始めた今日の良き日に、長野県飯田風越高等学校創立120周年記念式典を、盛大に挙行できます事大変うれしく思います。
 これもひとえに、これまで本校にかかわられた皆様方のご尽力の賜物と深く感謝申し上げます。
 本日はご多忙中にもかかわらず、長野県教育委員会金井様、飯田市長佐藤様を始め、多くのご来賓の皆様のご臨席を賜り誠にありがとうございます。
 本来なら、出席者の皆様が一堂に会して記念式典を行いたいのですが、コロナ禍の中、在校生は教室から配信動画による参加となりましたこと、ご理解いただきたいと存じます。

 さて、本校は明治34年4月25日に、この地に最初の高等女学校として、地域の期待を一身に担い開校されました。第1回の入学生107名によって産声をあげてから、明治、大正、昭和、そして平成、令和と、長い歳月の中、幾多の変遷・改革を経て、今年で120周年と記念すべき年を迎えました。
 しかし、120年と言う道のりは決して平坦ではなく、紆余曲折の歴史を重ねて参りました。開校当時、生徒募集はしたものの、女子教育についての世間一般の関心が低く、生徒集めに苦労されたと聞いております。先生方がわらじ履きで遠い村まで出かけて、父兄の説得をされた様でございます。お寺をお借りしての教室から、翌年に小伝馬町に校舎が完成し学校らしい環境となりました。
 下伊那郡立から県に移管され、「良妻賢母」「質素節約」を教育モットーとした飯田高女の時代が続きました。先輩の同窓生から、戦時中の学校生活についてのお話をお聞きする機会がございました。およそ女子生徒たちがやるとは思えぬ、農場の開墾、市内の病院に分散しての看護実習、学徒動員令による兵器生産工場への出動と、机の上の勉強とはかけ離れた毎日を過ごした様でございます。

 昭和24年に長野県飯田風越高等学校となってからは、戦後日本の復興とともに、時代に即応した教育課程の改訂が行われ、男女教育水準の差もなくなり、学校の環境整備も充実したものとなりました。
 昭和51年に小伝馬町の旧校舎から柏原の新校舎への移転、さらに53年4月には、男子102名を迎えて男女共学がスタートしました。礼儀正しく清楚な女学校から、男女共学となり、長く輝かしい歴史と伝統を継承しながら、活気と競争心のある風越高校へと変容しております。
 平成14年には国際教養科が設置され、広く社会に目を向けた学習が新たな取り組みとして注目されています。
 現在卒業生は35,000人を超え、この伊那谷を始め全国各地、さらには世界で活躍されております。私ども同窓会組織も、遠くは東京・中京など53の支部が結成されています。母校の繁栄を願う多くの同窓生が、母校への熱い思いを胸に活動しております。

 この120年間変わらず引き継がれてきたものに、校歌がございます。開校2年目に発表された、伊沢修二先生の作詞によるこの校歌は、温雅で気品高く、時代の波に色あせることなく、卒業生や在校生の胸を熱くし歌い継がれてきました。私もこの校歌が大好きで、旧校歌世代の私は、「伊那の谷間の姫ユリ」のように常に凛とした姿でありたいと思い大きな声で歌ったものでした。

 最後に、この節目の年に当たり、先生方や諸先輩方の築きあげてくださったこの120年の歴史と伝統をしっかりと受け継ぎ、誇りと魅力あるものとし、未来につなげていきたいという思いを新たにしております。
 本日はこのような記念式典にお集まりいただき、誠にありがとうございました。母校の今後益々のご発展をご祈念申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。

令和3年10月16日
創立120周年記念事業実行委員長
長野県飯田風越高等学校
同窓会長  知久 紀子

学校長式辞/新津志保美学校長

式  辞

 金風渡るこの佳き日に、長野県飯田風越高等学校創立120周年記念式典が挙行できますことは、偏にこの間、本校を支えてくださいました県教育委員会、地域社会、同窓会、PTA等多くの皆様方の絶大なるご支援の賜物と、本校関係者一同、心より感謝申し上げます。
 本日、県教育委員会、金井繁昭様、飯田市長 佐藤健様をはじめ、ご来賓の皆様のご臨席を賜りましたことは、関係者一同、大きな喜びとするところであります。
 120周年という節目を迎えるにあたり、同窓会におかれましては、早くから記念事業実行委員会を組織され、同窓生をはじめ、多くの方々からのご支援を賜り、記念式典をはじめ幾多の事業を計画・敢行されました。折しもコロナウイルス感染症の影響を受け、見直された事業がありますが、金田一秀穂氏の記念講演会や生徒の発表など、本校にとりましては滋味豊かな糧となるものであります。衷心より感謝と御礼を申し上げます。

 さて本校は、日本の黎明期である明治34年4月、下伊那郡下の最初の高等女学校として開校し、第1回入学生、107名により、女子教育の殿堂として大いなる期待を担い、その名誉ある歴史を創めました。その後、郡立下伊那高等女学校・県立高等女学校・県立飯田西高等学校の流れをくむ学校と、大正10年創立の飯田町立職業学校・市立実科高等女学校・県立飯田北高等学校の流れをくむ学校とが、それぞれの変遷を経た後、昭和24年に統合し、現在の飯田風越高等学校となりました。
 この風越高校という名前は、全校職員生徒が講堂に集合して討議し、生徒、職員のわれと思う者が登壇して、自分の支持する校名を推薦して訴え、朝から昼まで活発に議論して、今の風越高校という名前に決定したそうです。以来本校は、品位高い女子教育のメッカとして、伊那谷一円の憧憬を集めるとともに、代々の教職員と生徒の努力、保護者・同窓生と地域社会の皆様のご協力により、長い歳月に亘り、確かな歩みを進めてまいりました。その歩みの中では、学制改革による教育内容の改訂、校名変更、統合、さらに新校舎建設移転、とくには男女共学の実施等、大きな変革も遂げてまいりました。定時制の閉校、国際教養科の設置、家政科の閉科と、長い歴史の中で、時代の要請に合わせ、発展を遂げてまいりました。
 しかし、人間形成の教育にとって大切なことは、変化ではなく、深化・進化でございます。今本校は、創立以来の「質実勤勉」な気質と「自由闊達」な精神を受け継ぎつつ、その上に豊かな教養と高い知性を養い、健康な身体に鍛え、広い視野に立ち責任と協調を重んずる民主的かつ有為な社会の形成者を育成することを校是とし、この輝かしい伝統を一層深めようと、全校一つになって取り組んでいるところであります。

 現在の柏原の地に立っている校舎は、飯田市を一望に収める素晴らしい高台に位置しています。大根坂と呼ばれる急な坂道を登ると、四季折々の美しい景色が広がり、心も和む思いがいたします。
 この学び舎に集う若人たちには、その時代その時代に本校に生きた人々の願いや祈りが伝わり、120年に亘る本校の精神を汲み取り、教育の理想や人生の望ましい生き方を考えるための契機となるでしょう。また同窓会の皆様にとりましては、誇り高い青春時代の尊い思い出が蘇り、生涯に亘って自分を励ましてくれる魂のふるさととなることと存じます。

 現在の生徒の皆さんは、VUCA(変動・不確実・複雑・曖昧)の時代、予測困難な時代、正解が一つではない時代、誰も経験したことのない社会を生きています。Society5.0の超スマート社会、AI・IoT等新技術の発達、医療の超高度化、人生100年時代を生きていきます。地球温暖化など、一国では解決できない問題も増加しています。多様な価値観を受け入れ、知と智慧で乗り越えていくことがますます重要になっております。新たな時代・社会に適応する力と新しい価値や社会を創造する力が求められています。

 私達はこの節目の年に、過ぎた120年を検証し、地域に愛され地域に信頼される学校として、長い歴史と輝かしい伝統の下、未来の日本を築いていく飯田風越高校に学ぶ生徒の皆さんのために、教職員一同、誠心誠意全力を尽くして生徒の皆さんと共に歩み、成長を助けてまいる所存でございます。生徒の皆さんの歩む姿や努力のあとを、しっかりと見つめ、見守っていきます。
 結びに、ご列席のみなさまとご参列の皆様の益々のご健康を祈念するとともに、同窓会、PTA、地域の皆様方の温かいご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。

令和3年10月16日
創立120周年記念事業実行委員会 副実行委員長
長野県飯田風越高等学校
学校長  新津 志保美

開式の辞/新井文隆副実行委員長(PTA会長)

 創立120周年、誠におめでとうございます。PTAを代表し、心よりお祝い申し上げます。

 今年は三六災害から60年の節目でもありますが、当時在校生だった母は、野底川の氾濫により、寮から先生の宿舎へ避難したことや、様々な場面で助けていただいた恩人達の思い出を語ってくれました。

 コロナ禍の子供達が抱える将来への不安を和らげるものは、当時の母が戴いた、時に厳しくとも優しい励ましのように、どんな時代でも、見つめ・支え・育むという、不変的な人の思いやりであると思います。

 PTA活動も、この節目を生かし、未来を見据えたPTA会則と組織図に変更致しました。また、子供達は文化祭がどうしたら開催できるかを、生徒会が中心となり、先生方と協議して大成功させました。

 子供達には、風越の名に例え、この難局こそ時代の風をよみ、風をおこし、今を越え、その彼方にある新しい時代を創る、しなやかで逞しい人になってほしいと望むとともに、関係の皆様には、学校を末長く見つめ・支え・育んでいただきたいと願うばかりです。

 結びに、同校が150周年、200周年と、未来永劫、爽やかな風を纏い、益々飛躍されることを心より祈念し、お祝いの言葉と致します。

 (創立120周年記念式典パンフレットより)

令和3年10月16日
創立120周年記念事業実行委員会 副実行委員長
長野県飯田風越高等学校 
PTA会長  新井 文隆

生徒代表挨拶/野口斗聖生徒会長

 

式  辞

 しだいに秋めき涼しさを感じるころとなりました。
 この度、飯田風越高等学校創立120周年、まことにおめでとうございます。私たちがこの風越高校の生徒として節目の年に在学し、ご臨席の皆様と本日をお祝いできることを大変うれしく、また誇らしく思います。

 本校は明治34年に郡立下伊那高等女学校として開校し、以降、移管・統合を経て、昭和24年に飯田風越高等学校となりました。平成13年の創立100周年以降の大きな出来事は、平成14年の国際教養科設置、平成19年の家政科閉科がありました。多いときは生徒数1,400名ほどだったそうですが、現在は670名ほどの規模になります。
 長い歴史を築いてきた本校の卒業生は35,000人にのぼります。35,000人もの青春の思い出がつまっていると思うと大変感慨深く感じます。この原稿を書くにあたり、本校の歴史を調べました。その中で、昭和24年の統合にあたり、校名を「風越」と決めたいきさつが印象に残りました。全職員、全生徒が講堂に集まり、校名改称の話し合いがもたれました。活発な議論が行われ、半日かけて決定したと記念誌に書かれています。当時の生徒の皆さんが本校に寄せる思いの重さに心を打たれました。

 同窓会の皆様には、常日頃より私たちの学校生活を支えていただき、まことにありがとうございます。百周年記念館は、授業や補習、行事、部活動に幅広く利用させていただいております。また、私たちの活動充実のために様々な助成金を頂き、大変ありがたく活用させていただいております。

 生徒会としましては、諸先輩方が築き上げてきた活動を引き継ぎ発展させていく、その伝統の重みに身が引き締まる思いです。今年度の生徒会活動を振り返りますと、コロナ禍ではありますが、風越祭を無事に開催することができました。今まで考えたり経験したりしたこともなかった感染症対策を練り、制約が多い中でも一人ひとりの心に残る風越祭となるように各団体で工夫を凝らしました。

 さて、百周年から20年が経ちましたが、この20年で社会情勢は大きく動き、私たちの生活も価値観も大きく変化しました。特にIT技術の発展は目覚ましく、授業でもタブレットの使用、オンライン授業の開始などの変化がありました。AI(人工知能)が人間を超えると言われる2045年まであと20年ほどです。時代の潮流が大きく変わる今、未来のことは想像もつかないことも多いですが、私たちは確かな知識を蓄え、様々な体験を積極的に積んでいく必要があります。知識と経験をただ持っているだけではうまく対処することができません。自分に何が足りないのかを理解し、自分を磨ける人になることが大切だと思います。

 本校では知識を培うだけでなく、生徒会活動、部活動などを通して様々な経験を積める機会があり、社会で活躍する人物となれるような支援をしていただいています。また、120年の歴史が私たちに教えてくれることもたくさんあります。私たちがそれぞれの夢に向かって自己を高めていくのを、同窓会の皆様方には温かく見守っていただきたく思います。

 最後になりますが、ご臨席の皆様、同窓会、本校のますますの発展を願い、挨拶の言葉とさせていただきます。

令和3年10月16日
長野県飯田風越高等学校
生徒会長  野口 斗聖

■式典
 9時30分~10時15分
 913名(飯田文化会館 208名・飯田風越高校各教室 705名)

 式次第  1.開式の辞/新井文隆副実行委員長
      2.国歌斉唱(CD演奏)
      3.校歌演奏(CD演奏)
      4.物故者への黙祷
      5.記念式典実行委員長式辞/知久紀子実行委員長
      6.学校長式辞/新津志保美学校長
      7.長野県教育委員会挨拶/長野県教育委員会高校教育課管理係主幹指導主事 金井繁昭様
      8.来賓祝辞/飯田市長 佐藤健様
      9.来賓紹介
       10.祝電披露
       11.記念品贈呈
       12.生徒代表挨拶/野口斗聖生徒会長
       13.閉式の辞/原実佐子同窓会副会長

■記念講演会 10時35分~11時35分
 講師/杏林大学外国語学部教授 金田一秀穂氏
 演題/「心地よい日本語」

【講師プロフィール】   
1953年 東京都生まれ。日本語学の権威、金田一京助を祖父に、同じく日本語学者で唱歌や童謡方言研究で有名な金田一春彦を父に持つ三代目。中国大連外語学院、コロンビア大学などで日本語を教えた。1994年、ハーバード大学客員研究員を経て、現在、杏林大学外国語学部教授。ブラジル、インドネシア、ミャンマー、ベトナムなどで日本語教師の指導も行う。テレビ・ラジオ出演、新聞・雑誌連載など多数。

 花束贈呈/塩見あやね生徒会副会長
 謝辞/知久紀子同窓会長

■生徒発表  11時45分~12時05分
       コーラス部
       吹奏楽部

■終了    12時10分  

動画配信の様子。映像はとても鮮明で見やすかったそうです。きれいな映像制作をありがとうございました!

創立120周年記念式典ギャラリー(全50点)